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zoom RSS 死んだ金魚をトイレに流すな  集英社  近藤卓

<<   作成日時 : 2009/09/11 10:41   >>

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死んだ金魚をトイレに流すな―「いのちの体験」の共有 (集英社新書)
集英社
近藤 卓

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先日、
飼っていたメダカが死んだので、
木の根元まで埋めにいった。

うちの子はまだ2歳なので、
その意味を理解することはできないのかもしれないけど。

自らのいのちの重みを知っていく過程には、ある分岐点がある。それは10〜12歳の頃、明確な分かれ道となって訪れる。p26

そうだ。

自分の子どもにいのちの大切さが伝えられる人間に、
自分がならねばと思った。



本書のなかで、
私がもっとも重要だと思った部分を抜粋しておく。

なぜ人を殺してはいけないのか。それは「いけないからいけない」のであり、「理屈など関係なく絶対にいけない」という、問答無用の、無条件の禁止としか言いようがないのである。
親はそのことを声を大にして、感情的に、怒りをこめて、圧倒的な強さで子どもに伝えなければならないのだ。叱るのでもない。諭すのでもない。まして説得するのでもない。心の底から感情をこめて、怒るのである。そうして「何と言っても、駄目なものは駄目」と絶対的な禁止をつたえることができたなら、「理由も理屈も無く、お父さん(お母さん)は、あなたを愛している」というメッセージが子どもに届くのである。だからこそ、無条件の愛は、無条件の禁止と対にならなければいけない。p180

子どもを自然に触れさせようと家族で海や山に出かけても、「空気がおいしい」「キャンプの焚き火が楽しい」「川のせせらぎが心地いい」と、おとな自身が自然に包まれる気持ちよさや解放感を楽しめなければ、子どもとの共有体験はできない。子どもがいのちの不思議や死の不安と向き合ういのちの体験をしても、それに気づかず、子どもをひとりぼっちにさせてしまう。極論するなら、いのちの体験をうまく棚上げできず、自尊感情に乏しい生み出しているのは、生を実感できないオトナたちなのかもしれない。
 いちばん重要なのは、親自身が与えられたいのちを大切に思い、「毎日を精一杯楽しく生きていたい」と生き生きと生活していることだ。そんな親と子どもができるだけ一緒に時間をすごし、楽しんだり、悲しんだりという共有体験を積むことで、子どもの生命力も輝きを増していくのだと思う。p187



親のありかたについて、
深く考えさせら得れる著書だった。



死んだ金魚をトイレに流すな―「いのちの体験」の共有 (集英社新書)
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近藤 卓

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